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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)455号 判決

原告

信用組合大阪弘容

右代表者代表理事

吉川彦治

右訴訟代理人弁護士

宅島康二

被告

西日本警備保障株式会社

右代表者代表取締役

石田慧史

右訴訟代理人弁護士

山本紀夫

主文

一  被告は、原告に対し、金一九六万円及びこれに対する平成五年二月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の主位的請求のうち、その余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

一主位的請求

被告は、原告に対し、二四五万円及びこれに対する平成五年二月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二予備的請求

被告は、原告に対し、二〇一万円を支払え。

第二事案の概要

一事案の要旨

本件は、破産者が賃貸した建物に対して根抵当権を有する原告が、物上代位により賃料債権に対する差押命令を得て、これを取り立てようとしたのに対し、賃借人である被告が、破産法一〇三条一項後段を根拠に、賃貸人に対する敷金返還請求権によって右賃料債務を相殺したなどと主張して争った事案である。

二争いのない事実と主位的請求

1  本件賃貸借契約

訴外小﨑勁一(賃貸人)(以下「小﨑」という)は、被告(賃借人)との間で、平成二年二月二六日、同人の所有する別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という)のうち、一〇一号室、一〇二号室、一〇三号室、二〇一号室、二〇二号室及び二〇三号室の六室(以下「本件賃借物件」という)について、次の約定で賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という)を締結し、敷金五四〇万円の交付を受け、そのころ本件賃借物件を被告に引き渡した。その後、右契約は更新されて本件口頭弁論終結時(平成五年五月二六日)に至るまで継続している(以下、賃料(共益費を含む)及び敷金の額は、右六室の合計額をもって示す)。

(一) 賃貸期間 平成二年三月一日から平成四年二月末日まで

(二) 賃料等 月額合計四九万円

(三) 賃料支払方法 毎月末日限り翌月分を支払う。

(四) 敷金 五四〇万円

(五) 退去時控除額 退去時に一八〇万円を控除する。但し、賃貸借契約期間が五年未満の場合は、控除額を三〇〇万円とする(右は契約書上の記載であり、その趣旨については後記のとおり争いがある)。

2  賃貸人の破産

小﨑は、平成三年春ころ、大阪地方裁判所において破産宣告を受け、佐々木豊が破産管財人に選任された。

3  債権差押命令

原告は、本件建物に設定された根抵当権(大阪法務局池田出張所平成二年六月二七日受付、同日設定、債権者原告、債務者小﨑、極度額一億七〇〇〇万円)の物上代位に基づき、平成四年八月四日、小﨑が本件賃貸借契約に基づいて被告に対して有する賃料債権のうち、差押命令送達時に支払期にある分以降一一四〇万円に満つるまでの分について、債権差押命令(当庁平成四年(ナ)第一二九一号。以下「本件差押命令」という)を得、右命令は、平成四年八月六日、債務者(破産管財人)及び第三債務者(被告)にそれぞれ送達された。

4  原告の主位的請求

原告は、被告に対し、本件差押命令に基づき、平成四年八月分から同年一二月分までの賃料合計二四五万円とこれに対する訴状送達の日の翌日である平成五年二月二七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三被告の主張(主位的請求に対する抗弁)

1  賃料の支払(平成四年八月分)

本件差押命令の対象は、差押命令送達時に支払期にある分以降の賃料であり、本件差押命令は平成四年八月六日に送達されているところ、同年八月分は、前月末日までに支払うべきものとされており、被告は、破産者小﨑の破産管財人に対し、同年七月末ころ、これを支払っている。したがって、右八月分の賃料四九万円は、差押の対象となっていない。

2  相殺(平成四年九月分から同年一二月分まで)

(一) 破産法一〇三条一項後段は将来発生する敷金返還請求権を自働債権とする相殺を認めたものであると解すべきである。

(二) 被告は、破産管財人に対して、本件賃貸借契約に基づく敷金返還請求権と平成四年九月分から同年一二月分までの賃料債務(合計一九六万円)をその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

四原告の反論と予備的請求

1  相殺について

(一) 敷金返還請求権は、賃借物返還時に発生するところ、被告は、本件賃借物件を返還していないから、自働債権である敷金返還請求権は発生していない。破産法一〇三条一項後段は、未発生の敷金返還請求権を自働債権とする相殺まで認めたものではない。

(二) 本件賃貸借契約によれば、敷金の退去時控除額は、退去が契約締結後五年未満の場合は三〇〇万円とされており、いまだ契約締結後五年未満であるから、相殺できる金額は二四〇万円に限られる。したがって、仮に相殺が認められるとしても、これによって消滅するのは平成四年九月分ないし一二月分の賃料債務(小計一九六万円)及び平成五年一月分の賃料債務のうち四四万円(合計二四〇万円)だけである。

2  予備的請求

被告の主張するように敷金返還請求権を自働債権とする相殺が認められるとしても、右のとおり被告が返還を請求できる敷金額は二四〇万円にすぎないから、相殺後の平成五年一月分の賃料の残り五万円と同年二月分から同年五月分までの賃料の合計二〇一万円の支払を求める。

五被告の主張(予備的請求に対する抗弁)

1  相殺(平成五年一月分から同年四月分の一部まで)

(一) 敷金の退去時控除額について、本件賃貸借契約書には、契約締結後五年未満の解約の場合は三〇〇万円、それ以降の場合は一八〇万円と記載されているが、本件賃貸借契約の期間は二年間と定められているから、右の五年未満との記載は二年未満の趣旨と解するのが相当である。そして、本件の場合、既に二年以上が経過しているから、控除額は一八〇万円である。したがって、返還を請求できる敷金額は三六〇万円となる。

(二) 被告は、破産管財人に対して、前同様に敷金返還請求権と平成五年一月分から同年三月分まで及び同年四月分のうち一七万円(合計一六四万円)をその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

2  賃料の供託(平成五年四月分の残りと同年五月分)

被告は、平成五年四月分の賃料債務のうち相殺により消滅した残りの三二万円及び同年五月分の賃料債務四九万円を民事執行法一五六条一項に基づいてそれぞれ供託した。

六争点

(主位的請求関係)

1 賃料(平成四年八月分)の支払の有無

2 相殺(平成四年九月分から平成五年四月分の一部まで)の可否

破産法一〇三条一項後段は、敷金の交付がある場合、将来発生する敷金返還請求権を自働債権とし、破産宣告時以降の賃料債務を受働債権とする相殺を認める趣旨か。

(予備的請求関係)

3 返還請求できる敷金額

4 賃料(平成五年四月分の残りと同年五月分)の供託の有無

第三争点に対する判断

一平成四年八月分の賃料の支払の有無

〈書証番号略〉によれば、被告が小﨑の破産管財人に対し、平成四年七月二七日、四九万円を振込送金していることが認められ、本件賃貸借契約に基づく賃料の支払時期が、毎月末日限り翌月分を支払うこととされていることからすれば、右送金は、同年八月分の賃料と推認することができる。

二破産法一〇三条一項後段による相殺の可否

1  敷金は、未払の賃料債権や賃貸借契約に基づく原状回復義務から生ずる債権のほか賃貸借終了後賃借物明渡義務履行までに生ずる賃料相当額の損害金債権等賃貸借契約により賃貸人が賃借人に対して取得する一切の債権を担保するものであり、敷金返還請求権は、賃貸借終了後賃借物の明渡完了のときにおいて、それまでに生じた右のような被担保債権を控除し、なお残額がある場合に、その残額について具体的に発生するものであり(最高裁昭和四八年二月二日第二小法廷判決、民集二七巻一号八〇頁参照)、停止条件付債権と解される。

2 ところで、破産法一〇三条一項は、「破産債権者カ賃借人ナルトキハ破産宣告ノ時ニ於ケル当期及次期ノ借賃ニ付相殺ヲ為スコトヲ得敷金アルトキハ其ノ後ノ借賃ニ付亦同シ」と規定しており、その前段は、賃借人の利益ないし期待と他の破産債権者の利益との調和を図ることを目的として、破産宣告時の当期及び次期の賃料債務に限って、これを受働債権とする相殺を破産債権者に認めたものである。

そして、同項後段は、その文理からすれば、前段の規定を受けて、「敷金あるとき」にはその限度で、当期及び次期のみならずその後の賃料債務を受働債権とする相殺をも「亦同じ」として前段で相殺可能とされた受働債権の範囲を拡大したものと解されるにとどまり、自働債権に関しての特則を定めた趣旨とまで解することはできない。

しかして、停止条件付債権については、一般に条件成就前にこれを自働債権とする相殺は認められておらず、債務者が破産した場合も同様であるから(破産法九九条、一〇〇条参照)、同項後段は、停止条件付債権のひとつである敷金返還請求権について、その条件が未だ成就しない状態のまま、これを自働債権として相殺することを認めたものと解することはできない。

3 のみならず、もし条件未成就の敷金返還請求権を自働債権とする相殺を許すとすれば、その額を確定することは不可能であり、これを交付ずみの敷金全額あるいは賃貸借契約に定められた一定額を控除した残額と解するとしても、使用損害や相殺後に生じた未払賃料や解約後明渡までの賃料相当損害金等に対する敷金の担保的機能が失われ、破産財団ないし他の破産債権者の利益を不当に害するおそれがあるし、また、破産財団の換価処分に伴い賃貸借の目的物が第三者に譲渡される場合には、再度の敷金交付の要否が問題になるなど、実質的にみても不都合がある。

4 他方、前記のように相殺ができないと解した場合、停止条件未成就の間、すなわち賃借物を明け渡すまでは、賃料との相殺は許されず、将来敷金返還請求権が具体的に発生した場合にその返還を受けることが困難になるなど、賃借人の利益に反する結果となるおそれがある。しかし、破産手続による換価処分等により賃貸借継続中に賃貸借の目的物が譲渡された場合には、敷金関係を含む賃貸借関係は譲受人に承継され、同人に対し敷金の返還請求ができるのであるから、賃借人の保護に欠けることはない。また、このように賃貸借関係が承継されない場合でも、破産法は、停止条件付債権を有する者がその債務を弁済する場合に、条件が成就した場合の相殺権を保全するために、自働債権額の限度において弁済額の寄託を請求することができるものとしているから(一〇〇条参照)、賃借人としては、通常は、支払った賃料を敷金額に満つるまで寄託することを破産管財人に請求でき、最終配当の除斥期間満了までに条件が成就すれば、相殺の意思表示をしたうえで寄託金の交付を受けることで、相殺の利益を受けることができるのである。

5 以上の次第であるから、破産法一〇三条一項後段は、賃借物の明渡前に敷金返還請求権を自働債権とし、賃料債権を受働債権とする相殺を認めたものということはできない。なお、被告は、右のような解釈をすると、現在化した敷金返還請求権と相殺できるのは未払賃料のみとなり、右規定の意味がないというが、右規定がなければ、寄託制度は実効性をもたず、また、破産宣告後に明渡を実行しても、未払賃料は全額請求され、条件が成就した敷金返還請求権は破産債権となるに過ぎないことになるのであって、被告の主張は失当である。

三結論

よって、原告の主位的請求のうち、平成四年八月分(四九万円)は、本件差押命令の対象外であり理由がないからこれを棄却し、同年九月分から同年一二月分までの賃料合計一九六万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成五年二月二七日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるからこれを認容する。

原告の予備的請求は、被告の相殺の主張が認められることを前提とするところ、前示のとおり右相殺の主張は認められないから、予備的請求については判断しない。

なお、被告の仮執行免脱の申立については、必要がないものと認め却下する。

(裁判長裁判官井垣敏生 裁判官田中昌利 裁判官清水俊彦)

別紙物件目録

所在 大阪府池田市神田一丁目一三三〇番地一

家屋番号 一三三〇番一

種類 共同住宅・居宅

構造 鉄骨・木造陸屋根スレート葺三階建

床面積

一階 134.19平方メートル

二階 151.74平方メートル

三階 81.81平方メートル

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